オーストラリアにおける医薬製剤の特許権の存続期間の延長(PTE)― Otsuka v Sun Pharma 判決後の状況

要旨

Otsuka Pharmaceutical Co Ltd v Sun Pharma ANZ Pty Ltd [2025] FCAFC 1611 におけるオーストラリア連邦裁判所大法廷(Full Federal Court)の判断は、今後、高等裁判所(High Court)がこの判断を支持した場合、オーストラリアにおける特許権の存続期間の延長(PTE)の利用可能性を大きく狭めることになります。

連邦裁判所大法廷によるPatents Act 1990 (Cth)の該当条文の解釈によれば、メインクレームが医薬製剤(すなわち、有効成分(API)に添加剤や送達機構を組み合わせたもの)に向けられている特許は、PTEの対象とはなりません。 この判断は、長年にわたる業界実務および行政実務を覆すものであり、ライフサイクル戦略および取引に関して、直ちに以下の2つの問題を生じさせます。

  1. 既存の製剤ベースのPTEが、取消しまたは異議申立ての対象となる可能性があること
  2. 高等裁判所が上告受理(special leave)を認めたものの、PTEの出願の期限は引き続き進行していること

すなわち、企業は現在の時点で、控訴審のいずれの結果にも備えた対応を検討する必要があります。

背景

Otsuka Pharmaceutical Co Ltd(以下「大塚製薬」)は、オーストラリア特許第2004285448号(以下「本特許」)の権利者です。本特許の名称は「Controlled release sterile injectable aripiprazole formulation and method」です2

本特許は、既知の抗精神病有効成分(API)であるアリピプラゾールと、持続放出および月1回投与を可能にする添加剤を組み合わせた放出制御性注射製剤(ABILIFY MAINTENA)を対象としています。

PTE出願の対象となったメインクレームは以下のとおりです。

  • 請求項1:アリピプラゾールと製剤成分(ビヒクル、添加剤、粒子径特性など)を含む放出制御性注射製剤に関する請求項。
    • 少なくとも1週間にわたりアリピプラゾールを放出する放出制御性無菌注射アリピプラゾール製剤であって、以下(a)~(c)を含むもの。
      • (a)平均粒径約1〜10ミクロンのアリピプラゾール
      • (b)そのためのビヒクル
      • (c)注射用水
  • 請求項16:注射用デポ製剤に関する、同様の独立請求項。
    • 無菌凍結乾燥放出制御性アリピプラゾール製剤であって、平均粒径約1〜10ミクロンのアリピプラゾールとそのためのビヒクルとを備え、前記製剤は、水で構成されると無菌注射製剤を形成し、注射されると少なくとも約2週間にわたりアリピプラゾールを放出する。

これらのクレームは発明全体を代表するものであり、PTE出願の基礎となりました。

本特許の当初の存続期間の満了日は2024年10月18日でしたが、大塚製薬は、当時認められていた法定要件に基づき34、オーストラリア医薬品登録簿(ARTG)に登録された放出制御性注射製剤を根拠としてPTEを取得し、特許期間は2029年7月25日まで延長されました。

連邦裁判所の判断

Sun Pharma ANZ Pty Ltd v Otsuka Pharmaceutical Co Ltd [2025] FCA 445 において、Sun Pharma ANZ Pty Ltd(以下「Sun Pharma」)は、大塚製薬に付与されたPTEの有効性を争いました。Sun Pharmaは、問題となる製剤クレームは、実質的に Patents Act 1990 (Cth) 第70条6にいう「pharmaceutical substance per se(医薬物質それ自体の)」をクレームしていないため、PTEは誤って付与されたものであり無効であると主張しました。

第一審裁判官は、Sun Pharmaの主張を認め、PTEおよび関連クレームは無効であるとして、PTEの登録抹消を命じました。これにより、Sun Pharmaによるジェネリック医薬品発売への道が開かれました。

連邦裁判所大法廷の判断

控訴審において7、大法廷は、放出制御性アリピプラゾール製剤に関する大塚製薬の特許がPTEを有効に支持し得るかについて、双方の主張を検討しました。Sun Pharmaは、オーストラリアのPTE制度は有効成分(API)そのものをクレームする特許に限定されており、既知のAPIと添加剤を組み合わせた製剤特許には適用されないと主張しました。 一方、大塚製薬は、自社の長時間作用型の注射製剤は、同法第70条における「pharmaceutical substance」に該当すると主張し、第一審判決には誤りがあると争いました。

異議の本質

大法廷は、クレーム自体を新規性や進歩性欠如によって無効としたわけではありません。争点は、「pharmaceutical substance」とは何か、そしてPTE適格性においてどのように解釈されるべきか、という点でした。

大法廷は以下のように判断しました。

  • 請求項1および16は、同法第70条2項(a)8に規定される「pharmaceutical substance per se」を請求していない。
  • これらの請求項は、アリピプラゾールと添加剤・送達機構を組み合わせた製剤に向けられている。
  • そのような請求項は、たとえ特許として有効であっても、PTEを支持することはできない。

さらに大法廷は次のように理由を示しました。

  • 法定定義が予定する人体との化学的または物理化学的相互作用を行えるのはAPIのみである。
  • 添加剤や送達ビヒクルは投与を補助するに過ぎず、それ自体が治療的相互作用を行うわけではない。
  • 「per se」という語は、その物質を組成物の一部としてではなく、それ自体として考慮することを要求している。

つまり、法定定義における「pharmaceutical substance」9として必要な治療的相互作用を行えるのは、APIそのもの(すなわちアリピプラゾール)だけであり、添加剤を含めたとしても、その製剤全体がPTE適格な「pharmaceutical substance」に変わるわけではない、ということです。

その結果、大法廷は全員一致で大塚製薬の解釈を退け、「pharmaceutical substance」という法概念は、有効成分(または一定の組換えDNA産物)に限定され、製剤には及ばないと判断しました。したがって、クレーム自体は有効であっても、PTEの根拠とはなり得ないとして、大塚製薬のPTE取消しを維持しました。

この判断により、オーストラリアにおけるPTEの利用範囲は大幅に狭められ、現行制度の下では製剤特許は存続期間の延長の対象外であることが明確化されました。

従来の判例・実務からの転換

この連邦裁判所大法廷の判断は、製剤をPTE適格と扱ってきた従来の判例およびIP Australiaの実務を明示的に否定するものです。

その結果、既存の製剤特許に対するPTEは、訴訟または特許庁長官による職権によって10、取消しの対象となる可能性があります。

高等裁判所への上告

2026年3月12日、オーストラリア高等裁判所は、本件について上告受理を認めました。これは、本件が広範な商業的重要性を有する法解釈問題を含むことを示しています。

高等裁判所の判断が出るまでの間、

  • IP Australiaは、Otsuka判決11の影響を受けると考えられるPTE申請の処理を一時停止しています。
  • 製剤特許に対するPTEの可否は、依然として法的に未確定な状態です。

高等裁判所判断前における出願人・特許権者への示唆

高等裁判所での審理中であっても、特許権者は製剤特許について適時にPTE出願を行うことを引き続き検討すべきです。

その理由は、Patents Act 1990 (Cth) が厳格かつ延長不能な出願期限を定めており、もし高等裁判所がOtsuka判決を覆した場合、期限徒過によってPTE取得権を永久に失う可能性があるためです。

IP Australiaは、処理停止中のPTE出願や補正通知(notice of deficiency)が発行された案件については、法定期限遵守の違反のみを理由として拒絶しない方針を示しています。また、必要に応じて、応答期限延長も認められる可能性があります。 さらに、現在係属中の特許出願については、元の明細書にAPIそのものが十分かつ明確に開示されている場合、API単独クレームを切り出すようクレーム構成を見直すことが推奨されます。

結論

Otsuka Pharmaceutical Co Ltd v Sun Pharma ANZ Pty Ltd [2025] FCAFC 161 における連邦裁判所大法廷の判断は、製剤のみを対象とする特許をPTE適格から除外することで、オーストラリアのPTE制度を大きく変容させました。現在、この問題については高等裁判所での審理が継続中です。

控訴審の最終判断が出るまでは、関係者は連邦裁判所大法廷の立場が有効であることを前提に行動し、厳格に法定期限内での権利保全を図るとともに、ポートフォリオのリスク、独占期間の予測、および係争戦略を積極的に再評価すべきです。


  1. Otsuka Pharmaceutical Co Ltd v Sun Pharma ANZ Pty Ltd [2025] FCAFC 161 (1 December 2025) ↩︎
  2. https:// ipsearch.ipaustralia.gov.au/patents/2004285448 ↩︎
  3. 1990年特許法(オーストラリア連邦)第70条第5項は、本条の目的上、医薬物質に関する最初の規制当局による承認日(first regulatory approval date)は、以下に基づいて決定されると規定している。
    (a)当該物質についてTGA以前の販売承認(pre-TGA marketing approval)が付与されていない場合は、当該物質を含む、又は当該物質から成る製品が、初めてオーストラリア治療用品登録簿(ARTG)に登録された日。
    (b)当該物質についてTGA以前の販売承認が付与されている場合は、最初の承認日。 ↩︎
  4. 概括的に言えば、特許は、以下のすべての法定要件(適格性、ARTGとの関連性、および時期的要件)を満たす場合にのみ延長することができる。
    1. 適格な対象事項(Eligible subject matter):当該特許は、医薬物質それ自体(pharmaceutical substance per se)又は組換えDNA技術により製造された医薬物質に関するものでなければならない(すなわち、明細書に開示され、かつ請求項の範囲に含まれている必要がある)。
    2. ARTGとの関連性(ARTG connection):関連する医薬物質を含む、又は当該医薬物質から成る製品が、オーストラリア治療用品登録簿(ARTG)に登録されていなければならない。
    3. 最低限の規制遅延(Minimum regulatory delay):特許の実効出願日と「最初の規制当局による承認日」(すなわち、当該医薬物質が初めてARTGに登録された日)との間に、少なくとも5年が経過していなければならない。
    4. 延長は一度のみ(Only one extension):当該特許が、以前に延長されたことがあってはならない。
    5. 厳格な期限要件(Strict timing):特許期間延長(PTE)の申請は、法定期限内(一般的には、特許登録日と、当該医薬物質を含む/から成る製品の最初のARTG登録日のうち遅い日から6か月以内)に行われなければならず、例外は極めて限定されている。 ↩︎
  5. Sun Pharma ANZ Pty Ltd v Otsuka Pharmaceutical Co Ltd [2025] FCA 44 (5 February 2025) ↩︎
  6. PATENTS ACT 1990 – SECT 70 Applications for extension of patent ↩︎
  7. Otsuka Pharmaceutical Co Ltd v Sun Pharma ANZ Pty Ltd [2025] FCAFC 161 (1 December 2025) ↩︎
  8. 1990年特許法(オーストラリア連邦)第70条 特許期間延長の出願 ↩︎
  9. 「pharmaceutical substance(医薬物質)」という用語は、1990年特許法(オーストラリア連邦)の別表1において、以下のように定義されている。すなわち、治療用途のための物質(物質の混合物又は化合物を含む)であって、その適用(又は適用の一つ)が、
    (a)ヒトの生理学的システムとの化学的相互作用又は物理化学的相互作用、又は
    (b)ヒトの体内における感染性因子、毒素その他の毒物に対する作用
    を伴うものをいう。ただし、専らin vitro診断又はin vitro試験のために使用される物質は含まれない。 ↩︎
  10. PATENTS ACT 1990 – SECT 191A Commissioner’s power to rectify register ↩︎
  11. 7.12.1.1 Pharmaceutical Substance per se | IPA Manuals ↩︎

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